2003年12月21日 第3回全日本アラブ2歳優駿

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戦前の盛り上がりは全4回行われた全日本アラブ2歳優駿の中では一番盛り上がったかもしれない。

このレースの出走予定馬が発表されたとき、無敗馬が2頭いた。

それがこのレースに優勝した道営のクロイチョキンバコと、荒尾のケイウンリーダー

クロイチョキンバコは道営のサラブレッド顔負けのタイムと圧勝劇を繰り返し、しかもそれは余力を残しての勝利だということが広く知れ渡っていた。
ケイウンリーダーも余力たっぷりのレースを繰り返しながら、直前のレースではレコード勝ちとこちらも負けず劣らず。

しかしケイウンリーダーは出走回避し、その後もレースに出ることはなく引退してしまった。

それでも盛り上がりは冷めることはなかった。
それは高知のトライバルジャガーの存在。
デビュー数戦は取りこぼしていたが、初勝利後は連勝を続け、2歳にして古馬とのレースに格付されても連勝は止まらず8連勝中。
しかもその8連勝目は古馬相手に大差勝ちと盛り上がるなと言う方が無理筋の実績を持っている。

そして上山のブルーコマサ
既に上山競馬は廃止になっていたが、その上山所属としてこのレースに出走。
馬自体は上山の同世代のナンバー2と言ったところだが、この馬も2歳にして既に自己条件ではなく3歳馬の競走格付け、しかも同じアラブではなくサラブレッドの3歳との競走に出走していた。
そこで掲示板に乗る活躍をしており、廃止された上山からの出走馬としてだけでなく、実力も期待されていた。

遠征馬は他に兵庫のミスマーキュリーと愛知のヘイセイライダーがいたが、この2頭はさほど注目される存在ではなく、確かに地元では上位に位置づけられるがアラブ縮小の波でレベルが低下している場での話となっては、先の遠征馬と比べて格は落ちてしまう。

一方の福山勢は勝ち馬が毎回違う星の回しあい状態で、特筆できる馬はいない格好。
馬券の票数を見るとピアドジャザーが地元筆頭の売れ方をしているが、その売れ方には疑問が残る。
このレースは場外発売があり、あまり知らない競馬場の馬券を買うに当たって良績な馬をピックアップした結果がピアドジャザーだったのであろう。
少なくとも普段から福山を見ている者にとっては、ピアドジャザーよりもユタカマンタロウの方が人気になって然るべきと思うはず。

レースはクロイチョキンバコの独壇場。
この時点では格が違いすぎた。

対抗人気だったトライバルジャガーは伸びずに凡走も、レース後に骨折が判明し不完全燃焼。
勝ち馬が安定しない福山は層の厚さがモノを言い掲示板に4頭が入った。

このレース後にクロイチョキンバコとブルーコマサの2頭がそのまま福山に移籍。
これは当初からの予定通りであり、またミスマーキュリーも暫くの後に福山に移籍。

クロイチョキンバコは鋤田騎手鞍上で2連敗後に岡崎騎手にスイッチし本領発揮で一気にオープンまで駆け上がる。
しかし金杯で故障発生し引退、このレースからわずか8か月後のこと。

ブルーコマサは何とも微妙な成績ながら、高知競馬のサラブレッドを招待しての競走では地元再先着かつ遠征馬の上位独占を阻止する4着に入り、最終的にはアラブの数が減少したことも働いてA級格付けまで出世。

ミスマーキュリーは福山3歳牝馬特別を優勝もその後は未勝利のまま引退。

福山勢は長く活躍した馬も多いので、また別の機会に。

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