1958年に廃止される岡山競馬。
以前、廃止されたと思しき時期に新聞記事を探すも、岡山競馬の廃止に触れた記事どころか岡山競馬の話題すら見つからず。
今回は福山競馬の枠単最高配当の記録を探そうと1958年10月の福山競馬の結果を探していたつもりが1957年10月の資料を調査していて、当然のことながら本命の調査は全く捗らなかったが、廃止前年の岡山競馬のことが知れたので記録を残す。
よって1957年10月だけの調査であるが、確かに非常に売上が悪い。
同じ1957年10月の福山競馬は1日の売上が400万円台なのに対し、岡山競馬の1日の売上は確認できたもので、145万4700円、148万3700円、158万6400円と福山の3割程度の売上。
福山と違い近隣に競輪と競艇があり、そちらに客が流れてしまったのかもしれない。
1951年の岡山競馬で紹介した1951年の1日の売上は500万円台。
かつては姫路競馬に次ぐ売り上げで、福山競馬の兄貴分だった岡山競馬は急速に衰退してしまっていた。
1957年までの大まかな1日の売上の推移は近日中に調査するが、原尾島から三蟠に移設したことが多少なりとも影響している気がする。
確認できている出場騎手
岡本 | 福島 | 東森 | 近藤 | 長塩 |
末広 | 高畦 | 安部 | 上原齋 | 藤井 |
楠見 | 西岡孝 | 横山 | 石本 | 西岡忠 |
上原俊夫 | 山奥 | 藤原 | 杉田 | 寺田 |
河原 | 槌田 | 浜田 | 堀江 | 盛 |
この当時の明確な所属場は不明ながら、おそらくは福山競馬を主戦とする騎手が岡山に遠征している様子が伺える。
西岡忠、西岡孝の両名は兄弟の可能性が高い。
出走馬
ハツピークイン | フイガロ | シヨウワヒカリ | フジヒカリ | ダイマルオー |
セイテン | タスキヨ | タカサゴ | アヤフク | クモタエ |
スズヒカリ | ハタツバメ | オキタヒメ | ユキヒロ | タカヒカリ |
ベーユウ | ミスカネイサミ | タエヒメ | ダイニハヤカツ | ジユンポウカンロ |
シンザクラ | マスラオ | カミサカエ | クラツクスワロー | イブンヒメ |
ラツキーワン | カイシン | ロツクニシキ | トシヒカリ | スマミカサ |
クラオキ | セントヤード | タイニユース | チヨダ | エイユウ |
ユウゲツ | ミスターホームラン | フクシゲ | ハンキユー | チハヤ |
シマゼン | ミスカモメ | グツドマン | ミネノブ | ブリユーバード |
クンリユウ | トロフイ | ホルトケ | スピードクイン | イズミオー |
イブキヤマ | シユンカイ | カマキヨ | ミスアサヒ | ミスダイマル |
デツトボール | サザナミ | ハシキユウ | シマオノ | アミサカエ |
アヤジク | トツプライ | デフレ | ホード |
ハシキユウとハンキユーは同一馬の可能性が高く、デフレは資料上ではチフレとも読み取れるためデフレは誤りかもしれない。
クラツクスワローはクラツクマンナンの血を引いている可能性がありそうな馬名。
イブキヤマは福山競馬開設当初に活躍していたイブキヤマと同一馬の可能性があるが、確認できる限りでは当時に騎乗していた上原騎手は騎乗していない。
また1949年当時の馬齢が不明ながら8年後も走っていたとなると、時代を考慮すれば有り得なくもないが、同名馬であって同一馬ではない可能性も十分にある。
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